スクリーニングコストの生々しい話

創薬 Advent Calendar 2018#souyakuAC2018)の15日目の記事です。

 10日目の創薬ちゃんの記事にもありましたが、スクリーニングには結構な費用がかかります。でも具体的には思い浮かばない…という方も多いのではないでしょうか。ということで、一部の費用について書いてみたいと思います。なお、特定の製品を推薦する意図は一切ありませんので、ご注意いただければと思います。

ハイスループットスクリーニング (HTS)におけるコストとは、大まかに言って、機器、試薬(化合物を含む)、消耗品、人件費で構成されます。金額として非常に目立つのは機器です。

化合物あたりのアッセイコストを下げるために、反応液量の小スケール化を行うのは常套手段ですが、近年はナノリットル単位で溶液を分注する機器が、多くの製薬企業に導入されています。音響で溶液のドロップレットを作らせる機器や、ノズル式の機器など、非接触型で精度よく微量の溶液を分注することができる機器を、目的に応じて使い分けていたりします。これらの機器の金額は、だいたいシングル四重極LC/MS 1台分〜6台分程度です。例えば、他の機器を組み合わせて自動化させる場合、シングル四重極LC/MS 3台分程度の金額がかかることがあります。(シングル四重極LC/MSの金額と言われても…という方は、身近なケミストに聞いてみるといいと思います)このように、HTSを行うために必要な機器の、ごく一部だけで結構な金額がかかっています。同様に、接触型分注機、検出系機器、化合物サンプル管理に必要な機器(自動倉庫などもありますね)など、大きな金額がかかる機器が多く存在するのがHTS部署になります。

反応の小スケール化によってデータポイントあたりのコストを下げても、スクリーニングサンプル数に応じて試薬コストもかかっていきます。創薬ちゃんの記事にはアッセイ試薬の価格が記載されていました。これを手がかりに、スクリーニングライブラリーを全てアッセイするのにどの程度の金額が必要か…少し想像してみても良いと思います。

小ボリュームでのプレートベースアッセイは、384ウェルプレート、1536ウェルプレート、3456ウェルプレートが使われます。ケミストの方でも、96ウェルプレートはご覧になったことがあると思います。96ウェルプレートとプレートサイズは同じで、ウェルが細かく、小さくなったものをHTSでは使いますが、ウェル数が多くなればなるほどお高いです。表面処理や、特殊用途用など、さらに費用がかかるプレートもあります。プレートメーカーに値段が出ているところがあるので、見てみても良いかもしれません。なお余談ですが、手でアッセイする場合は、384ウェルプレートが限界だと個人的には思っているので、1536ウェル以上のプレートでのアッセイには分注用の機器が必須になります。

では人はどの程度必要でしょうか? HTSは機器を多く使用するため機器のオペレーターがいれば良い…ということは全くなく、サイエンス、テクノロジーの知識をフルに発揮して業務をこなせる人材が必要です。これはなにもHTSに限ったことではないですが、ともすればHTSは簡単で誰でもできると思われがちだと感じたことがあるので、あえて書いてみましたw アッセイ系のハイスループット化や、スクリーニング実施の観点での注意点も多くあります。ケースバイケース、かつ書くのが面倒なので、興味があるアッセイ担当者は創薬機構の化合物スクリーニング講習会を受講してみるのも良いでしょう。また、アッセイデータは毎日大量に出てくるため、解析のために複数のデータ処理ツールを駆使することも求められます。例えばアッセイ系の構築時には、Spotfireが活躍します。Spotfireをはじめとする各種解析ツールやデータベースシステムなどにも費用がかかります。また、そのメンテナンス人員も必要になります。

このように、HTS部署の維持(機器、人材等の維持)をするだけでも膨大なコストがかかっています。ここまでコストをかけて、HTSを製薬企業が自社で実施していく必要はあるのか、疑問に思うこともあると思います。最近は、外部でスクリーニングを実施している企業も多くあります。長い目で見れば、外部で実施することで、機器費用や固定人件費を削減することは可能だとも考えられます。では、HTSを実施しなければ、アッセイにかかるコストは下がるでしょうか? スループットに関係なく、アッセイ原理に基づく検出機器は必須ですし、サイエンス、テクノロジーの知識と技術(手技)をもった研究員は必要になります。HTSに限ったことではありませんが、研究環境の維持や人材を育てることなく、外部に頼るようなことがあれば、その領域に対して会社がどう考えているのかがわかると思います。

いろいろ書いてきましたが、創薬研究の効率的な推進という観点では、HTSよりもライブラリーソースを工夫していく方が貢献度は高いのかなと思っています。ですが、ウエットのデータを取得せずに医薬品を開発していくことは現状想定できないので、アッセイを担当している方は、アッセイまわりの知識と技術をどんどん磨いてキャリアブルスキルを構築していけば良いと思います。